こんにちは、東京在住、18歳のヘタレ女子大生のMasha(マーシャ)です。
親友のMちゃんに彼氏ができて、早1か月。
SNSを見れば幸せそうなツーショットが流れてきて、駒込の狭いワンルームでただひたすら課題と向き合うわたしとしては、正直なところ「リア充爆発しろ(古)」とまで言わないまでも、なんだか少しだけ、こう、複雑な心境なわけです。
Mちゃんにはキラキラ彼氏がいる。その一方で、わたしの「男」といったら?
……いえ、正確には「男」ではなく、我が家のソファを占領して動かない、100年前のロシア革命家の亡霊。
わたしの部屋には、ふとしたきっかけから、100年前に理想に燃え、そして粛清されたはずの革命家の亡霊──通称「同志」が居座っています。
栗毛のウェーブがかかった、茶色いクリクリの瞳の、顔立ちのいい亡霊。ただし、中身はガチガチの共産主義の思想家です。
先日、親友に彼氏ができたことをポロっとこぼしたら、ソファから微動だにしない同志が、コーラを片手に真顔でこう聞いてきました。
「Masha。その男はプロレタリアートか? それともブルジョワか?」
どっちでもええわ!
令和の女子大生の恋バナに、階級闘争を持ち込むんじゃないわよ。
わたしの日常は、今日も今日とて、この思想強めな亡霊との不毛な対話から始まるのです。
「いいわよ、もう! だったら同志が私の彼氏役やってよ!」
ついカッとなって口走った私に、同志はソファの上で、心なしか嬉しげに眉をひそめました。
彼は普段、資本主義の申し子であるスマホやアニメに対してやれ「退廃的だ」だの「労働者の敵だ」だの文句ばかり言っていますが、実は割と世話焼きなところがあるんです。
「……ふむ。Mashaの孤独を癒やすことも、また同志たる者の務めか。良いだろう。ただし条件がある」
彼はスッと立ち上がり、100年前の革命家とは思えないほど(亡霊なのに!)優雅な仕草で私を見つめました。
「久しぶりに、母国の味というものに飢えている。……ボルシチが食いたい。最高の店に連れて行け。そうすれば、今日一日だけお前の『彼氏』を演じてやろう」
ロシア料理の老舗、新宿・スンガリーへ。
というわけで、やってきました新宿。人生初の歌舞伎町です。

雑多で煌びやかなネオンの嵐に、普段駒込の静けさで飼い慣らされている私は圧倒されて、「ここ……革命が起きた後の街より騒がしいんじゃ……」と震える足で路地裏へ。
そこにあるのが、新宿の地下にある、隠れ家的な名店『スンガリー』。ロシア、ウクライナ、ジョージア料理のお店です。

階段を降りたとたん、漂ってくるのは、かつてこの男が故郷で吸っていたかもしれない、懐かしくも温かい煮込み料理の香り。
「……ここだ。この香り……凍てつく冬の夜、同志たちと分け合った記憶が蘇る」
さっきまで現代社会に文句を言っていた亡霊の表情が、今は少年のように柔らかい。
私の隣を歩く彼は、やっぱり驚くほど顔立ちが良くて、店内のお客さんたちが顔を上げて「あの人、すごいイケメン……!」と二度見するほど。
「おいMasha、顔が赤いぞ。緊張しているのか?」
と、彼は少し意地悪そうに微笑んで、私の手を取ろうと……(あ、触れられないんだった、という虚しさを置いておいて)。
「いいか、今日は存分に味わえ。これが、革命家の愛したロシアの味だ」
……というわけで、人生初のロシア・ウクライナ・ジョージア料理ディナー、いざ出陣です。
親友の彼氏なんて目じゃない。今日の私のパートナーは、100年の時を超えてきた、世界一思想が強くて美味しいものを知っている亡霊ですからね!
スンガリーの歴史。
席に着き、まずはメニューを広げます。
この『スンガリー』というお店、実は日本のロシア料理界における超・レジェンド的な存在。
創業はなんと1957年(昭和32年)。冷戦の真っ只中、最初は新橋に産声を上げ、京橋を経て1960年にここ歌舞伎町へとやってきたのだそうです。現在の場所(千代田ビルB1)に移転したのは1973年。それ以来ずっと、歌舞伎町の地下で歴史を刻み続けています。
「ほう……『スンガリー(松花江)』か。満州のハルビンを流れる川の名を冠するとは、激動の時代を生き抜いた証だな」

手元のスマホで調べた歴史を小声で読み上げる私に、同志が腕を組んで深く頷きます。
そう、このお店の創業者である加藤幸四郎さん・淑子さんご夫妻(歌手の加藤登紀子さんのご両親)は、かつて満州のハルビンに住んでいた方々。
当時のハルビンはロシア人が多く暮らす美しい街で、加藤家も一時期、ロシア人の家に間借りしていたほど現地の人々と親密だったのだとか。
1946年に日本へ帰国した後、「ロシアへの郷愁」や「引き揚げてきたロシア人たちに安定した職場を提供したい」という温かい想いから、白系ロシア人(ソ連の政権に反対して国外に亡命したロシア人)の料理長やスタッフと共にこのお店を開いたのがルーツなのだそうです。
「歴史の荒波に揉まれながらも、文化と味はこうして極東の地へ受け継がれたわけか。……悪くない。資本主義の豚どもの街だと思って見くびっていたが、この店には『魂』がある」
上から目線なのは相変わらずですが、同志の目はどこか遠くを見つめていて、少しだけ寂しそうでした。
待ちに待ったコース料理!!
さあ、いよいよお料理の登場です。亡霊の同志は物理的には食べられない(はずな)ので、私が彼の分まで五感をフル活用して味わう、疑似デート・食レポの開幕!
クランベリージュース
まずは乾杯。ロシアでは定番の「モルス(ベリーのジュース)」です。
「同志、乾杯」とグラスを掲げると、彼は満足そうに目を細めました。甘酸っぱくて、どこか素朴な味が、緊張した胃袋に優しく染み渡ります。
黒パン
続いてやってきた、ずっしりとした黒パン。 一口かじると、独特の強い酸味とライ麦の香ばしさが口いっぱいに広がります。これぞロシア!

ザクースキ(ロシア風前菜の盛り合わせ)

運ばれてきた瞬間、思わず「わぁ……!」と声が出ました。色鮮やかな前菜たち。 ニシンの塩漬けや、お肉のテリーヌ、キャビアなどが美しく盛られています。そしてジョージア風、ナスの料理!!
「お、美味しい……!」
「ふむ、丁寧な仕事だ。これはウォッカが進むだろうな(私は18歳なのでジュースですが)。我らの宴は、このザクースキをダラダラと何時間も食べながら、政治と未来について議論を戦わせるものなのだぞ」
議論はいいから、早く食べさせてください。
ボルシチ
そして、本日の大本命。同志が恋焦がれたボルシチの登場です。 ウクライナ発祥、スラブ圏では定番の料理です。
深紅のスープに、真っ白なサワークリーム(スメタナ)が溶けていく様は、まるで雪原に昇る太陽のよう。

スプーンですくって、お口へ。
「……っっ!!」 美味しい。美味しすぎる。お肉と野菜の旨味がこれでもかと凝縮されていて、ビーツの甘みが信じられないくらい深い。駒込の自宅で食べているレトルトカレーとは次元が違います(当たり前)。
ふと正面を見ると、同志がじっとスープを見つめていました。
「……どう、同志?」
「……いや。美味いな、Masha。お前が美味そうに食べるのを見ているだけで、不思議と胃のあたりが熱くなる。故郷の、母の味を思い出すよ」
そう言って、彼は本当に愛おしそうな目で、私(とボルシチ)を見て微笑んだのです。 ちょ、ちょっと待って。亡霊のくせに、その破壊力抜群のイケメンスマイルは反則でしょ。心臓に悪いわ。
ゴルブッツィ(ウクライナ風ロールキャベツ)

メインは、スンガリー名物のロールキャベツ。 じっくり煮込まれたキャベツは、ナイフが要らないほどトロットロ。お肉のジューシーな肉汁と、濃厚なソースが絡み合って、口の中でとろけます。
「おいしい……!」と思わず呟くと、同志は「ふっ、美味のゲリラ豪雨だな」と、よく分からない令和のネット構文をドヤ顔で使ってきました。私のスマホを盗み見ている成果がこんなところで。
オーナーさんとの出会い~加藤登紀子さんと、百万本のバラ~
お腹も心も満たされて、すっかり幸福なため息をついていた時のこと。 なんと、お店のオーナーさんが私たちのテーブルに挨拶に来てくださいました。
「お味はいかがでしたか?」
気品に満ちた優しい笑顔のオーナーさんに、私は「最高に美味しかったです!」と大興奮。すると横から、腕を組んだ同志が「ふむ、実に見事な食事であった。敬意を表する」と、聞こえもしないのにドヤ顔で割り込んできます。
前述の通り、この『スンガリー』は日本の音楽界のレジェンドである加藤登紀子さんのご実家が始められたお店であり、現在は登紀子さんご自身がオーナーを務められています(今回伺った新宿歌舞伎町店のオーナーは、加藤登紀子さんの姪っ子さん。二店舗あるのです)。ちなみに、加藤登紀子さんご自身も1943年にハルビンで生まれたのだそう。
加藤登紀子さんといえば、あの名曲『百万本のバラ』。
「……『百万本のバラ』だと?」
私がスマホでササッとその歴史を調べて見せると、同志の目が珍しく見開かれました。
この曲はもともと、旧ソ連の構成国だったラトビアの歌。国の悲劇を歌う反体制的な歌でした。
それがロシア語で恋のうたに生まれ変わってカバーされ、さらに加藤登紀子さんが日本語で歌ったことで、日本中で大ヒットしたのです。
貧しい画家(ジョージアの実在の画家、ピロスマニさん)が、フランス人の女優マルガリータに恋をして、自分の家や絵をすべて売って百万本のバラを贈るという、あまりにもロマンチックで、少し切ない物語。

これがこの女優マルガリータの絵(byピロスマニ)。非常に美しいですなぁ。
ジョージアの国民的な画家であるピロスマニ。ですが、彼を扱ったこの曲「百万本のバラ」は、「ロシアの」曲ということで、ジョージアでは半ば忌まれているようです。加藤登紀子さんがジョージアで公演したときも、この曲に関してはジョージアのバックコーラスをつけてもらえなかったのだとか
「『私有財産の全喪失』を伴う狂信的な愛……。いや、だがしかし、すべてを投げ打って理想(愛)に殉ずるその姿勢は、革命戦士のそれにも通じるものがあるな……」
ブツブツと限界オタクのような考察を始める亡霊は放っておいて、私はお店の温かい歴史にただただ感動していました。
冷戦という分断の時代にあっても、この地下の空間だけは、本場の料理と美しい音楽、そしてロシアの文化を愛する人たちの「架空の故郷」として、ロシア人スタッフたちと共にずっと優しい光を灯し続けてきたんだ。
歴史の重みと、人の温もり。 歌舞伎町の地下には、本当に100年前の寒さを溶かすような、特別な魔法が流れていました。
まさかの告白!?
スンガリーの魔法のような空間を出て、再び歌舞伎町の雑踏へ。 美味しい料理と、お酒(私はジュースだけど)の余韻、そしてお店のロマンチックな歴史に、私の心は少しふわふわしていました。

隣を歩く、相変わらず超絶イケメンな同志。 歩幅を合わせてくれる優しさ。私の話を(文句を言いつつも)聞いてくれる包容力。 触れられないけれど、今日一日、私の「彼氏」として過ごしてくれた彼に対して、私はなんだか、少しだけ特別な感情を抱きそうになっていました。
「……ねえ、同志」
「なんだ、Masha」
「今日、ありがとね。楽しかった。……その、私、同志がいてくれてよかったかも」
雑踏の中、彼が立ち止まりました。 ネオンの光を浴びた栗毛の髪が揺れ、その茶色い瞳が、まっすぐに私を見つめます。 いつもより一段低い、真剣な声。
「Masha。私も、今日お前と過ごして確信したことがある」
(え……? なに? 嘘、これってまさかの展開……!? 亡霊と人間の、100年の時を超えた禁断の告白──!?)
ドクン、と心臓が跳ね上がる。私は思わず目を閉じ、次の言葉を待ちました。
「お前には、大衆を動かす情熱と、この不条理な資本主義社会を生き抜く強さがある。……Masha、私と共に立ち上がろう。来週、第一回の秘密集会を開く。プロレタリアートの解放のために、一緒に革命を起こさないか!?」
……。 …………は?
「まずは、その駒込のワンルームを我々の『蜂起の拠点(アジト)』としてだな──」
「うるっっっっさいわ!!!!!!」
よりによってオルグかよ。ロマンチックな気分を返せ。 私の淡い恋心(仮)は、歌舞伎町の夜空へ一瞬で霧散しました。
親友の彼氏なんて目じゃない、世界一思想が強くて美味しいものを知っている私のパートナー。 どうやら我が家のソファから彼が退く日は、まだまだ遠そうです。
(というか、誰かこの思想強めな亡霊の除霊方法、知りませんか?)

